大阪高等裁判所 平成10年(行コ)66号 判決 1999年4月08日
控訴人
日本貨物鉄道株式会社
右代表者代表取締役
金田好生
右訴訟代理人弁護士
天野実
同
野口大
被控訴人
大阪府地方労働委員会
右代表者会長
川合孝郎
右訴訟代理人弁護士
滝井朋子
右指定代理人
中谷美智子
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が、平成四年(不)第五四号、同六年(不)第四二号、同七年(不)第二号及び同八年(不)第四号不当労働行為救済申立事件について、平成九年一二月四日付でなした命令中、主文1項を取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨。
第二当事者の主張
一 次の二に附加するほかは、原判決事実摘示関係部分(原判決三頁二行目文頭から一七頁一二行目文末まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決五頁末行目の「欠務と」を「欠務として」と改める。
二 当審付加主張
1 控訴人
控訴人は、当審で、「1証人である申立人と被申立人申請証人を区別することの合理性」及び「2控訴人就業規則の解釈」について、前示原判決の引用により摘示したのと同趣旨の主張を繰り返したほか、次のとおり主張した。
(一) 原判決は、控訴人の右1、2の点に関する主張に対し何ら説得力のある理由を付さず、不当労働行為救済制度に関する誤った理解のもとに、実質的な考察を全く加えないまま控訴人の主張を排斥しており、不当である。
(二) 控訴人は、被控訴人が控訴人の行為を不当労働行為であると判断した理由が次の(1)であったのであれば、本件取消訴訟で次の(2)を理由として争うことは許されないと主張した。しかし、原判決はこれを争点として取り上げておらず不当である。
(1) 労働委員会に出頭した会社従業員を有給とするか無給とするかは使用者が決めうるが、これを有給とする規定がある場合に、申立人申請の証人だけを無給とすることは、労組法七条四号に該当する。
(2) 右(1)の有給規定の有無を問わず、およそ使用者申請の証人として労働委員会に出頭した従業員の出頭時間を有給として、申立人申請の証人のそれを無給とすることは、そのこと自体で労組法七条四号に該当する。
(三) 控訴人申請の労務担当者の証言は使用者たる控訴人に対する労務提供行為であり、申立人たる小泉の供述が労働組合活動であることは疑念を入れる余地がない。本件就業規則の解釈上も小泉の供述に要した時間を有給とすることはできない。控訴人はかかる考えのもとに当該時間を無給としたのであり、小泉が本件救済申立をしたことを嫌悪した故ではない。したがって、控訴人には不当労働行為意思がない。
2 被控訴人
(一) 控訴人の原審以来の主張は、不当労働行為救済制度及びその審査手続きに関する独自の見解に固執したもので、誤っている。これを前提とする原判決に対する非難は当たらない。
(二) 不当労働行為救済制度は、団結権の擁護という公法的利益の擁護を目的とするものであり、その審査手続きにおける証言は、この公益のための手続行為である。この点は、申立人側申請の証人であっても、使用者側申請の証人であっても何ら変わりがない。したがって、両者を同等に取り扱うべきである。
第三当裁判所の判断
一 判断の大要
1 事案のあらまし
(一) 小泉伸は控訴人の従業員である。控訴人を被申立人として被控訴人(労働委員会)に対し運転士から車両技術係への配転や職務態度等を理由としてなされた手当の減額、減俸等の措置が不当労働行為であるとして救済申立をした。
(二) 小泉は、右事件について、被控訴人からの呼出を受け申立人申請証人として被控訴人の審問期日に出頭して証言した。
(三) 控訴人の就業規則七八条一項では「職務上の事件について証人として官公署に召還された場合」で「会社が認めた場合は、有給の休暇として付与する。」旨を定めている。
(四) ところが、控訴人は控訴人申請の証人として指導助役などが証言した場合には出頭に要した時間を有給として取り扱ったのに、小泉は無給扱い(欠務)とされた。
(五) そこで、小泉はこの無給扱いを不当労働行為であるとして被控訴人に救済の申立をした。被控訴人は、右無給扱いが労組法七条四号の労働委員会への救済申立を嫌悪したが故の不利益取扱いで不当労働行為に当たると判断し、控訴人に対し有給扱いをすることを命ずる本件救済命令を出した。
(六) 控訴人は、右救済命令の取消を求めて本件訴えを提起し、このように主張した。不当労働行為の救済申立や証人としての出頭は組合活動であって、ノーワーク・ノーペイの原則から支払い義務はない。むしろその支払は経費援助として禁止されている(労組法二条、七条三号)など、と。
(七) 原判決は、こう判断して、控訴人の救済命令取消の本件請求を棄却した。その理由の骨子はこうである。労働委員会における証人としての地位は、その申請者が誰であるか、また、証人が当事者か第三者かによって本質的な相違はない。小泉が本件出頭に要した時間は就業規則七八条一項五号の有給扱いをする場合に当たる。控訴人が控訴人申請証人を有給として取り扱いながら小泉を無給としたことには合理的な理由がなく、労働委員会の審問期日における証拠の提示ないし発言を嫌悪してなされた労組法七条四号所定の不当労働行為に該当する。
2 当裁判所の判断のあらまし
当裁判所は、大要次のとおり判断する。
(一) 労働委員会が事件の審理に必要と認めて出頭を求めるものである以上、その証人の出頭及び証言は、すべて労基法七条の公の職務執行行為に当たる。
(二) 労働委員会における不当労働行為救済申立事件の申立人が証人となった場合と、その余の証人とを区別して取り扱うことには合理的理由がない。
(三) 控訴人就業規則七八条一項五号によれば、小泉が本件出頭に要した時間は有給になる場合に該当する。
(四) 控訴人が使用者申請により証人となった従業員を有給として取り扱いながら、同じく証人となった申立人である小泉を無給として取り扱ったのは、労組法七条四号所定の不当労働行為の救済の申立をしたことを理由として不利益な取扱をすることにあたり、不当労働行為に該当する。
二 原判決の引用
原判決理由説示中原判決一八頁一行目文頭から二二頁一一行目文末までを引用する。ただし、次のとおり補正する。
1 原判決一八頁二行目の「保護」を「擁護」と改める。
2 一九頁二行目の「なかったと」を「なかったのと」と改める。
3 同頁四行目の「右目的」を「正常な集団的労働関係秩序の維持という公益上の目的」と改める。
4 同頁七行目の「場合には、」の次に「遅滞なく調査を行い、必要があると認めたときは、」を加える。
5 同頁一〇行目の「尋問」を「質問」と改める。
6 二一頁二(ママ)行目及び四(ママ)行目の「相異」を「相違」と改める。
7 同頁三(ママ)行目の「証人の申請者がいずれか、」を削る。
8 同頁六(ママ)行目の「申立人」の前に「特段の事情がない限り」を加える。
三 労働委員会における証人間の性質の異同
1 控訴人の主張
控訴人は、同じく労働委員会の証人でも、それが救済命令の申立人である場合と、その余の第三者である場合、とくに使用者側申請の証人とではその性質を異にすると主張する。そして、使用者の労務担当者の出頭、証言は使用者に対する労務提供行為であるが、証人となった申立人の出頭、証言は専ら自己の権利回復を求め、有利な認定判断のためのものであり、その救済申立、証言は労働組合活動である。したがって、ノーワーク・ノーペイの原則からしても申立人である証人を無給とし、使用者側申請の証人を有給とするのは当然のことである、というのである。
2 検討
(一) 控訴人の右主張は以下のとおり不当労働行為ないし労働委員会によるその救済命令制度に対する誤った見解に基づくもので採用できない。
(二) 不当労働行為ないしこれに対する労働委員会の救済命令制度は、前示原判決の引用により説示したとおりであって、労働組合法七条の不当労働行為の制度は、労働者の団結権及び団体行動権の保護を目的とし、これらの権利を侵害する使用者の一定の行為を不当労働行為として禁止するものである。そして、同法二七条が右禁止規定の実効性を担保するために、使用者の同規定違反行為に対して労働委員会という行政機関による救済命令制度を設けているのである。これは、使用者による組合活動侵害行為によって生じた状態を直接是正することにより、正常な集団的労働関係秩序の迅速な回復、確保を図るとともに、使用者の多様な不当労働行為に対して、労使関係について専門的知識経験を有する労働委員会に対し、その裁量により、適切な是正措置を決定し、これを命ずる権限を委ねる趣旨に外ならない(最判[大法廷]昭和五二・二・二三民集三一巻一号九三頁参照)。もとより、それは当該労働者個人の雇用関係上の権利ないし利益の回復ないし救済という側面を有するけれども、控訴人主張のようにそれにつきるものではない。むしろ、それは主として労働者の団結権及び団体行動権を保護し、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を目的とするものである。そして、このような正常な集団的労使関係秩序の維持を通じ、当該使用者を含む社会全体として健全で良質な労働力を確保し、円満かつ効率的な社会的経済的活動を確保できるのである。
(三) こうしてみると、労働委員会に対する救済申立は労働者の個人的権利、利益のためのみのものではなく、労働組合の団結権、団体行動権ひいては正常な集団的労使関係秩序維持に資する公益的なものでもある。それ故、この申立が控訴人主張のように労働組合活動の側面を有する場合があるとしても、法は、それが使用者の労務に当たるか否か、組合活動の側面があるか否かを問わず、おしなべて申立を理由とする不利益取扱いを禁止しているのである(労組法七条四号)。したがって、労働者が不当労働行為の救済の申立をしたことをもって、それが申立権の濫用に当たるなど特段の事情がない限り、不利益な取扱をしてはならないのであって、その不利益取扱自体が不当労働行為に当たる。
(四) 労働委員会は不当労働行為の成否の判断のため証人に出頭を求め質問することができる(労組法二七条)。前示救済制度の目的に照らすと証人が申立人であると、それ以外の者であるとを問わず、真実義務を負い出頭、証言するものであってその間に径庭はない。それは、いずれも前示集団的労働関係秩序の回復、確保という公的目的に資するための公的機関である労働委員会から命ぜられた労働基準法七条の公の職務行為にも当る(ママ)。
四 申立人である証人の無給扱いと不当労働行為
1 以上のとおりであるから、同じく労働委員会の証人でありながら、一方で小泉を救済命令の申立人であることの故にノーワーク・ノーペイであるとして無給扱いとして、他方、使用者である控訴人申請の労務担当従業員に対しては有給扱いとすることは許されない。これは使用者が自己の労務担当従業員に対して業務命令(出張命令)を出し、その出頭、証言を使用者の労務とした場合でも異なるものではない(むしろ、このようにして労働委員会への出頭、命令を使用者の労務に服するものとして扱い、これらを使用者の指揮命令下におくこと自体にも疑問がある)。そしてこのような異なった取扱いをすることは、要するに小泉が救済命令の申立人であることを理由とするものであるというほかないから、それはとりも直さず、労働組合法七条四号の不当労働行為の救済の申立をしたことを理由として不利益な取扱をしたといえる。
2 したがって、労働委員会の証人として呼び出された場合は、それが申立人であるか否かを問わず、控訴人の就業規則七八条一項の「職務上の事件について証人として官公署に召還された場合」に該当する。この場合、控訴人が自己申請証人のみに業務命令(出張命令)を出したり、同条項五号の「会社が認めた」ものとして「有給の休暇」を付与したりして、これを有給扱いとし、他方、控訴人(ママ)が救済申立人であることの故に有給休暇を付与せず無給扱いすることは、前示のとおり不当労働行為として許されない(労組法七条四号)。
3 さらに、控訴人は、控訴人には不当労働行為意思がないと主張する。しかし、同じく労働委員会に証人として出頭して証言した場合でありながら、控訴人は前示のとおり使用者申請の労務担当者の証言は控訴人に対する労務提供行為であり、小泉の供述は労働組合活動であるとして、前者を有給とし後者を無給としているのである。前示説示に照らし、このこと自体からして、労働者の不当労働行為の救済申立を嫌悪し、これを理由として不利益な取扱をする意思が明らかである。したがって、控訴人の不当労働行為意思が認められ、これがない旨の控訴人の主張は採用できない。
五 まとめ
当事者双方は以上のほか、申立人側申請証人一般と使用者側申請証人一般の異同や前示第二の二1(二)のいわゆる処分理由の差し替えの問題、労働委員会での証拠の提示(証人申請)をしたこと、発言(証言)をしたことによる差別取扱いの有無などを論じている。しかし、本件においては本件救済命令がいう証人が申立人である場合とそれ以外の場合との差別的取扱のいかんを検討すれば足り、その余の判断をするを要しない。したがって、その余の判断をするまでもなく、以上と同趣旨の本件救済命令は正当であって、その取消を求める控訴人の本訴請求は理由がない。
第四結論
よって、控訴人の請求を棄却した原判決は結論において相当であり、本件控訴は、理由がないからこれを棄却する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 裁判官 紙浦健二)